「似合う」という言葉を具体的にしたら根性論になった

この記事は5分で読めます

今日はすでにブログを書いた後でこの文章を書いてるんですが、載せるのをためらいました

でもせっかく書いたので載せてみようと思います

多分読んでる最中でめんどくさくなって読まなくなること請け合いですが、書いたものは載せないともったいないので。

 

僕的には最後まで読んで欲しいし、わりと重要な事だと思うんですが、世の中には「いっちゃいけない正論」みたいなもんがありますよね

これも多分それです

人によっては美容師失格だというかもしれません(言われてもなんとも思いませんけど)

 

何かというと「似合う」という言葉を具体的に考えてみたんですよね

考えたというよりは以前から「似合う」という言葉に対して思うところがあり、改めて言葉にしてみたという感じなんですが。

そうするとなんということでしょう。ただの根性論になってしまいました

興味がある方は読み進めてください、ちなみになんの生産性もありません。

 

こんなものは個人の思想なので人に押し付けるもんでもありませんしね

ただ僕はこんなスタンスで仕事してます。というのがわかる内容ではあります。

 

僕個人としてはこんな主張をしている奴を客観的に見ると「めんどくさい奴だなあ、間違いなく接客向きではないな」と確信してしまう内容になりました

転職を考えたほうがいいのかもしれません。

 

「似合う」を哲学する

この仕事をしているとよく言われる言葉ですし、よくよく考えると美容にかぎらず人は自分に似合うものを求めているなと日々感じますよね

ファッション、車、異性、友達、仕事

なんでもそうですがなにかにつけて「合う」「合わない」とかいうわけで。

 

相応しい、好き、合う、馴染む

言葉はいろいろありますが、要は似合うってことですね

で、この似合うって言葉をもっと幅広いものにすると「相応しい」だと思うのですよ。

 

私に相応しい髪型にしてください

と僕らは言われるわけですが「相応しい」ってどーいう状況なのよ?と僕は思うわけですね

それがわからないと相応しい髪型を提供できないわけですから。

 

つーかみんなコレを定義してないのに似合う似合わないって話するので、話が噛み合わないのです

僕は常々「似合うなんて主観だ!俺に聞くな!やればわかる!」などと投げっぱなしジャーマンスープレックスな無責任とも思えることを言っておるわけですが、これは実はわかりやすいようにお客さん用に使ってる文章であって本心ではございません

それで今回の話になるわけですが。

 

「相応しい」というとなんとなく「自分に相応しいものがこの世に存在しているはずだ」というニュアンスになりませんか?

てゆうか多くの人が「似合う」という言葉をそういった意味で使ってると思うんですよね

「私に似合う髪型があるはずだ」と。

 

これ、僕は違うんですよね

「自分に相応しいものはこの世に存在しているわけがない」

僕の考えではこうです。

 

もっと細かく言うと「この世には自分に相応しいものは存在しておらず、特定の対象物に見合った自分になるために努力するとその対象物が自分に相応しく見えてくれる」と考えてます。

 

何言ってるのかわからなくなってきましたので、わかりやすく色にたとえて言ってみましょう

多くの人の「相応しい」という価値観を説明すると「自分にはなにか相応しい色があるはずだ」と思ってるわけです

「自分には相応しい何かがこの世に存在しているはずだ」と思ってますからこう考えて当然ですよね。

 

しかし僕は「自分に相応しい色なんかこの世に存在しない」と思ってるのです

黒色が似合うようになりたければ「自分が黒色に相応しい人間になれば黒色が僕に相応しく見える」と思ってるんですね。

 

これを仕事に当てはめるとなんとこうなってしまうのです↓

似合う髪型なんて努力すれば何でも似合うんじゃないの?

って思うのですよ。根性論でしょこれ。

 

似合う髪型がわからないのではなく、自分がどう見られたいのか明確でないから、似合う髪型がわからないのではないかと思うわけです

髪型に自分を合わせれば、何でも似合うのは当たり前の話ですよね。

 

エレガントに見られたければファッション、仕草などもそう見えるように努力しないと見えません

そうするとエレガントな自分になるわけですからエレガントな髪型も当然似合いますよね。

 

自動的にエレガントな髪型が似合う人なんてこの世にいるのか?というといないと思うんですよ。

素でエレガントが似合うってどんな人間やねんってかんじですよ

生まれた時から前髪縦ロールなのか?

 

こーいうふうに考えると「努力しないと何も似合わない」みたいな身も蓋もない話しになりますが、そーじゃなくてもったいないと思うんですよね

(ノーメイクにサンダルジャージ姿で似合う髪型にしてくれなんて言われてもやりようありませんから、努力はしないとダメだと思いますけど)

 

「この髪型似合わないんです」とかよく言われますが、似合うようになればいいじゃん。て思うんですよ

嫌いならいいんですよ。嫌いなもんやる必要ないわけですし。

 

ただ「やったことないけど似合わないと思います」とか「何もせずに似合うような髪型」みたいなのは非常にもったいない

努力すれば似合わないはずはないし、努力すれば輝かないわけがないと思うのですよ

スポ根な僕からすると。

 

まあ努力しないのも選択の一つですが、努力しないと可能性と未来は確実に閉ざされます

働きたくないけど金は欲しいです!みたいな人が良い人生送れるわけがない。

 

僕からすると多くの人が使う「相応しい」という言葉は、努力したくない言い訳に使われてる気がします

イチローだって才能はあったかもしれませんが、野球がイチローに相応しかったわけではありません

イチローが野球に相応しい自分になっただけの話ですよね。だから野球といえばイチローが出てくるわけです

多くの他人に「野球がイチローに似合う」と思われてるわけです。

 

相応しいという言葉は努力してこそのものであって、自動的に簡単に手に入るものではないと思います

世の中の一般的な「似合う」という概念では、似合うものなんて絶対に見つからない気がしてなりません。

 

人間は生まれた瞬間、個性を手に入れるのではなく努力することによって手に入ると思うんですよ

生まれた瞬間は「へのへのもへし」なわけです。

 

「個性」という特徴がないと「似合う」という概念はどうやっても当てはまらないのです

イチローは努力によって野球選手という個性を得たとも言えますね

あくまで僕の考えですが。

 

髪型だって相応しいものがほしいなら努力が必須

なんだかんだでそんな結論に僕は至ったわけですが、これはかなりの根性論ですよね(苦笑)

努力しろ!の一言ですし。

 

似合いたいなら努力しろ。は正論だと僕は思うんですが、違う側面から見ると「いや、金払うんだから楽に相応しいものがほしいんだよ。それがお前の仕事だろうが」といわれるとそっちも正論すぎてグウの音も出ません

一般的な意味で言うとそれがサービス業というものでしょう。

 

しかしこう考えると美容ってサービス業でいいのか?という仮説が立ってしまいます

個人的にはもっと崇高な哲学的なもので、死ぬまで追い求める答えのないものなんじゃないかとさえ思います

中世ヨーロッパなんて美容のために金のんで死んでましたし。

 

そうなるとサービス業として、美容師なるものが存在していることが間違いになります

コレ以上考えると答えが出なくなる上に、結局は人それぞれとなってしまうので、似合う髪型に相応しい自分になれば何でも似合うんだ!という結論で終わりたいと思います。

 

僕としては「根性論」と「サービス業」の中間あたりのバランスでやるのが今のところ妥協点なのかなあ。と思ってます

本音としては人の可能性を広げるという意味で、教育に近いものなんじゃないかなあと思うのですが・・・

 

なんで教育業とサービス業って分かれてるんでしょうね、この辺が僕は昔から気に入りません

「似合う感じで」
「はい。わかりましたー」

「似合う感じで」
「こんなのがオススメです」

では人の可能性は広がりようがないと思うんですよね。

 

「自分で考えて選択する」っていうプロセスがあってはじめて可能性が広がると思うわけですよ

その材料を提供するのがホントのサービスだと思うんですよ

でもこれだと教育になっちゃうんですよね。

 

サービス業ってこの世にいるんでしょうかね?もう全部、機械処理にしてサービス業って概念なくせばいいと思う

コンビニとか駅なんて別に店員いらないし、僕を教育できない、する気がない店員からなんか買いたいと思わないし。

 

「世の中の仕事が機械に取って代わられる」なんていいますが、教育じゃなくサービスするならそのほうが効率いいから当たり前の話ですね

楽なんて求めたら結局はなんにも手に入らない気がしてならない




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  • 2017 08.11
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古今東西のカットを学び、すべての技術を徹底的&物理的に理解した結果、世界一夢のない美容師になりました

「無理なもんは無理」となんのためらいもなく言います。

そのせいか他店で失敗した変な頭を直してほしいというお客さんや、本当の意味での接客を望むお客さんに絶大な支持を得ています。要は変な頭になりたくない人専用美容室です。

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