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「笑わないからクビ」になる奴の笑顔論

こんにちは。哲学系美容師として活動している長藤慶太です(@Bangdoll_click

兵庫県尼崎市塚口駅エリアでBang-dollという、世界一丁寧だけど身もふたもない美容室やってます。

 

この前、本屋にいったら「今売れてます」本棚にこんな本がありました↓

無愛想のススメという本。

 

「今売れてます」コーナーの本は基本、読んでもつまんなくて後悔するので買いませんがちょっと読んでみたくなりました

もちろん買いませんでしたけども。

 

これ見て、ふと思い出したんですが僕は昔から無愛想で笑わない方なのですが、そのお陰でバイトまでクビになりました

今思うとそらそうなるわって感じですが。

 

美容師になってからも毎日「笑え!なぜお前は愛想笑いの1つもしないのか!」とダッシュ属性が付加されたビンタでぶん殴られていたものです

殴られてその後すぐ笑うとか過去に闇ありすぎだと思うので、僕の反応はいたく正常だったと思いますが。

ブン殴られて笑えるわけないだろうに。常識的に考えろよ。

 

「日本って笑顔を神のように信仰しててちょっと気持ち悪い」

と実は昔から思ってるんですよね。なんかキモくないですか?

日本のこの「笑顔は全知全能の神様なんだぜ」感って。

 

なんなんでしょうこれは?常識をなーんも考えんと受け入れるというのは僕は嫌いです

アホでしょそんなん。

 

常識なんぞ大衆、個人の偏見の集合体でしかありません

それをさも「常識」などというのは常識人や教養人ではなく、自分で思考をしない洗脳される人です。

 

どう考えてもアホです、調教されたゴリラとの違いが僕は分かりません。胸でも叩いてろ

こーいう人達が「我は正義なり」とエラソーな顔してダッシュビンタなんぞかましてくるわけですよ。

 

ワイルドなのは好きですが、こーいうワイルドさはいりません

というわけで勝手に「笑顔」というものを自分勝手に再定義してくれよう。と思います

なんか最近ブログ書く時なーんも考えずに書くのでただの思考整理の道具になってますが、まあブログなんかそんなもんです。

 

笑顔で迫ってくる変質者たち

接客業とか人と接する時には「笑顔」とアホみたいに言われますが、まずこれはホントにそうなのでしょうか?

深夜の帰宅途中、前に笑ってるオッサンいたら恐怖ではないですか?

女の人なんか間違いなく恐怖だと思うのですが。

この例は極論で違うだろう。という意見が出そうですが、本質的にはこれと同じだと思いますよ僕は。

 

なんかの店で店員が笑顔で寄ってきたら「呼んでもないのにこんでもええねーん」となりますし、そういった意見はよく聞きますが(特に服屋)この例は笑顔が害になってるよい例だと思います

あれはもう笑顔というより「ぐふふ、ぐふぐふぐふ」という感じです。下心満載

 

このように笑顔が大変に気分悪いこともあるわけでして、無秩序に笑顔全能論なんか語ってると痛い目みるのはあきらかなわけです

とはいえ、中には大変に気分の良い笑顔であったり「あの店員さん愛想よくていいよね」などという事もフツーに聞きますしあるわけです。

 

笑うと害になったり、良い印象になる

なぜこのように「笑顔全能論のはびこる日本で」笑顔の評価が二分するのでしょうか?

二分する時点で全能ではないし、無駄に笑ってはいけない、使い分けが必要ということになるのですが(苦笑)

こんなんもん当たり前ですが理由があるわけでして、そこを理解せず「笑え」などとのたまうのは甚だイカレてるわけです。

 

そもそも作り笑顔なんざ向けられたい人いるのでしょうか?

人様に笑えというのなら「笑顔について勉強してこいぼけえ!」という事です

笑いたい時に笑うからこそいいのではないのでしょうか?

俺様に愛想悪いとか笑えとかいいやがった奴、出てこいコラァですよ

まあ僕は愛想悪いんですけどね確かに。

 

笑えコラア!言われるのは仕方がないのは理解してますが、理解してるからといって納得できるかは別問題なわけで。

こーいうふうにただのワガママを哲学と理屈使って難しい話にすると、棚上げできるので便利ですよ

わかりそうでわからない言い回し使うとなお効果的です。さらにユーモアを足すと「あの人あんなんだから許してあげて」の完成です(笑)

 

良い笑顔と悪い笑顔

話広げすぎると1万字とか超えるので接客業に絞って議論しますが、接客業及び人と接する時の良い笑顔悪い笑顔とはなんなのか?

2つの観点から説明できると思うのですよね。

 

・生来の卓越性
・テクニックのスキルレベル

まあこの2つかなと。

 

とりあえず先に言っておきたいのは、

「笑顔は強要するものではなく、その人なりの使い方があるのだ。それを理解せず間違って使うから悪い笑顔というものが出来上がる」

というのが僕の主張です。

 

笑顔の卓越性

僕は生来の卓越性が良い笑顔に欠かせないという主張ですが、これは簡単に言うと「向いていない事をするんじゃない」という事です

作り笑顔が様になる
作り笑顔ができる
作り笑顔をせずとも笑顔になれる

こういった能力は訓練では身につきません。どーやっても不自然になります

だから悪い笑顔になるのですが。

 

上記のような事ができる人は元々そーいう能力や性質をもっているのです。それが卓越性

黒人が足速いのと同じです。

 

「接客業としてあきらめるのはプロじゃない」という意見がありますが、何勝手に想像してんだバカという話です

あきらめるのではなく、工夫すればよいだけです

「笑わずとも良い接客ができればそれでよい」でしょう。

 

「笑って良い接客ができるようになれば良い」という意見はダメです

なぜなら卓越性がないからそれはそもそも無理なのです。

 

黒人にガチンコで50m走勝ちに行くようなものです。無理なもんは世の中無理ですよ

無理なことをやれとかいうのは大日本帝国人様です

帝国人様は竹槍もってB29とガチンコ勝負しただけあって、こーいう「そもそも無理なもの」の判断ができません

バカや宇宙人とは議論しないに限ります。

 

「笑わずとも良い接客ができる努力」なんと素晴らしい努力でしょう。「無理に笑う努力」よりよっぽど人のためになりますよ

話ずれますがこの卓越性という考えは僕個人、非常に大事な考え方だと思ってまして、

人は生きる限り他者や世界に貢献するべき

という理念が僕にはありますが、それには卓越できる分野に全力を注ぐべきと思うのです。

 

卓越してない分野に力注ぐなんて世界的な損失ですよ

そんなもん他の卓越した人に任せればよいのです。

 

人には必ず良い部分、すなわち卓越性のある部分がありますがそこを生かすべきなのです

そのほうが世界が良い世界に向かうに決まってます

別に世界平和目指してないですけど僕は。

 

ただ個人の卓越性には興味がありますし、人と接する面白さはここにあると思います

特に自分にない真逆の卓越性をもってる人にはやはり惹かれる。

 

話しそれますが心理学的には相性の良い人というのは性別、年齢とわず「同じタイプ」「近いタイプ」「真逆のタイプ」と言われています

同じと近いタイプは無難でわかりやすいですが、真逆は結構意外らしいですね。

 

「同じタイプ」は普通に仲良くなれるパターンと、逆は同じ故につまらないのでならないパターン

「近いタイプ」は共通点から仲良くなるパターンと、逆は近くない部分に共感できずに仲良くならないパターン

「真逆のタイプ」は合えば無条件でめちゃくちゃ仲良くなるパターンと、逆は合わないとめっちゃ嫌いあうパターン

「同じ」と「近い」は時間をかけないとどちらのパターンになるかわからないですが、真逆は時間がかからないと言われてます。

 

漫画とか読む人はわかると思いますが、主人公のライバルみたいな奴て真逆ですよね

最後は親友になるのが多いですからこの理論を参考にしているのでしょう。

 

まあ漫画は一瞬で嫌いになって徐々に仲良くなるという、現実にはありえないパターンでさすが漫画だなと思いますが

まあざっくり言うとこんな感じらしいですよ大雑把言えば。

 

僕は割りとしっくりきたのですが、真逆のタイプが一番おもしろいと思うんですけどね

僕の経験上、もっとも面白くて刺激になるので一緒に行動すると良いことしかありません

気が合う美容師なんかもこの観点から探すと見つかりやすいかもしれません

だいたい、性格って顔にでてるし。

 

話を戻して「あの人の接客、愛想よくていいよね」

こんな事言われる人はそういった方向に卓越してるのです

原因は色々あるでしょうが結局は生まれ持ったもの、育った環境ですよ。

 

なろうと思ってなれるもんでもないし、なれたとしてもどこかギコチない

もっとふさわしい接客方法があるならそれは世界的な損失となります

なんともったいないことか。

 

「とにかく笑え理論」はそれ以外の卓越性を奪うおそろしい考え方ですよ

テロリストと何が違うのか?ないですよ違いなんて。

 

なんも考えずに人様に「笑え」とかイジメのようなものです

いや、まあ考えた上で言ってるならそれは哲学だから良いんですけど、世界の常識とかで言うてるならタダのアホだとおもうのですよ

卓越せいや!って話です。そいつこそ

 

笑顔のスキル

笑顔をテクニックとして使える人がいるのもまた事実です

さっき、卓越していなければ笑えないのだと言いましたが、道具を使う能力が高い方向などに卓越していると笑顔をスキルとして使いこなせます。

 

多くの人が言う「接客業での笑顔」というのはこのことだと思うのですよ

テクニックとしての笑顔という卓越性

ただ、これやめたほうが良いと思うんですよね。

 

なんでかというとこれで笑うとなんかなー「ニコニコ」ってより「ニチャニチャ」みたいな感じの笑顔になりません?

ほら、僕みたいな笑顔ですよ(苦笑)詐欺師みたい。

 

「別に不快ではないけど無理してんなー」感すごいんですよねこれ

店員さんがこの笑顔でものすご丁寧に接客してくれると不思議と申し訳ない感すごいです。

 

個人的には僕は割りとワイルドな接客を好みます。高圧的で反論を許さない頼れるナイスガイな接客が好きです

店員さんに「すいません、手拭きたいんでふきんもらえませんかねえ?」いうたら無言でふきんを差し出して「拭け」ぐらいの感じが好き

素人めが・・・と見下される接客でよいのです。無理に僕に合わした接客してくれなくていいんです。

 

僕が「この人卓越してんなあ・・・」って人がいれば、それは僕個人には嬉しいことですし世界への貢献となるわけです

僕みたいな奴他にもいるはずですし。

 

でも僕に合わせて卓越性を隠してしまうとなんとももったいない、世界的な損失なわけですよ

もしかしたら僕の好きじゃない接客でも卓越してるものを見れば、僕も違うなにかに目覚める可能性もあるわけです

ものすごい無愛想でも卓越してたら「なんかこいつムカツク通り越して極めてそうだな」となるわけです

 

笑顔っていうのはテクニックで使うもんではないんじゃないの?

ってどーしても思ってしまうんですよね

テクニックなんか所詮それまでのものであって生来の卓越性にかなうわけがありませんし、それより面白くないし、ゆえに価値があるわけないんです

持ち味をいかした接客にまさるものがあるのか?いやないでしょうに。

決して自分への免罪符を用意しているわけではありませんからね?

 

そもそも笑顔いらなくね?

生来の性格から来る笑顔は見ていて大変気持ち良いのですが、作り笑いって何か媚びてる感じしません?

接客業って基本、プロ的立場からのアドバイスを求められるので、それってどうなの?って思うわけです

媚たらもはやプロではありません。

 

「笑顔がないと威圧感がある」とよく聞きますが確かにそういった一面はありますが、良い言い方をすればベテランの佇まいとも言えるわけです

そう見えないなら「ベテランの佇まいをテクニックで出している」わけであって、そもそもそれが間違いなわけです

卓越性がないのにそんな事するから浮くわけ。

 

無理にベテランぶると叩かれるのに、無理に笑うとそれは良いことなどという論理になるのがイマイチ理解できません

言ってること一緒だよ(苦笑

大衆の偏見の集合体である常識で「笑うことは良きことかな」という論理で作り笑いなんぞしても、本質的には不快なのです

そこに気づかず「笑え」などとは・・・さすがの僕でも皮肉まみれの笑顔にならざるをえません。

 

うむ、やっぱり無駄な笑顔はいらない。笑いたいときに笑えばよいんですよ

どんな人間でもその瞬間は笑顔に卓越してるはずだからそれで良いと思うんです

「たまに笑うという良さ」があるのです。ヤンキーが猫拾うみたいなもん

 

笑顔の押し付け

ここで問題が1つありますがこーいう問題

「あの人、愛想ないし笑いもしないから感じ悪いわ~」

みたいなの。

 

医者とかよく言われてますよね「あそこの病院の先生愛想悪いから行かへんねん」みたいな

僕も同じこと言われてると思うけど。

 

これってそもそもどういうことなのでしょうか?もっとわかりやすく言うとどちらに非があるのか?

愛想悪いなと感じる原因ですが、3つほどに分解できると思います

1 受け取り手の勝手な思い込み(笑顔に関する価値観の押し付け)
2 テクニックによる医者のむりやり笑顔
3 医者の「笑顔とは別の卓越性」の選択

 

1は見ればわかりますが笑顔がないから行かないのではなく、ただ単にそいつがその医者嫌いなだけです(笑)

2は医者が卓越してないのにテクニックで無理やり笑うから、なんかキモいだけです。一番かわいそうなやつ

3は笑うことより他の卓越性があり、医者がそちらを選択しているだけです。要は受け取り手が笑顔以外の卓越性を気に入らないだけで、寿司屋行ってラーメンない!いうてキレてるのと同じ

こんなもんどっちが悪いとかではないんですよ。

 

人の受け取り方次第で好かれるか嫌われるかが決まるわけですし、それならやっぱ人間って素が一番いいと思うんですよね

素でいるって難しいですけれど。

 

切ないですよね、頑張ってキャラ作って嫌われたら(苦笑)

ほんなら笑顔以外の接客方法を選べばいいじゃないと、単純な発想にいきつくわけで。

 

作り笑い80%

散々、作り笑いをディスっておいてあろうことか僕は割りと作り笑い80%です

と、いうより素でいると人としてアウトっぽいので(この前、人としてギリギリアウト言われました)せめて作り笑いぐらいは、という感じです

作ってあの愛想というのもどうかと思いますが。

 

しかし限界なもんは限界ですし。努力したくもない

仕事してるときはあんなもん、昔から(笑)

 

リアルにこんなんできるタイプです。とはいえ、僕は他人の笑顔嫌いじゃないですよ

接客される時、無理して笑ってても頑張ってんなーとしか思いませんし、そうじゃない場合は愛想笑い含めて好意的に受け取るタイプです。

 

でもまあ僕自身が笑う必要はないんじゃないのかなー。と思います

なんせ卓越していない

根明でもないし、人をわかりやすく楽しませるタイプではないと思うのです。

 

染み付いたものはなかなか抜けませんが、今年から素で行こうか悩むところです

もっとふてこなるかもしれませんが、そうなったらまあすいませんねえ(苦笑)

 

結局、何が言いたかったかというと「昔笑顔を強要されてムカついたから理屈こねて反論したかっただけ」のようです

なんも考えずに書くとなんの生産性もない文章になって、驚きしかありません。

 

しかし、なんも考えもせんと「笑え」いう人と「笑顔と愛想を=で見る人」は思慮浅い思いますね

なんか考えありきで言うてるんやったら「そうなんですかーそれがあなたの定義なのですね。参考になりました。でも俺には関係ないので押し付けないでね」って感じですけど。

 

やはり僕はべき論とか絶対主義者はあかんのではないかと思います

まあ相対主義は結局ほとんどが形をかえた絶対主義でしかないですが、絶対主義者は人の話聞けないからめんどくさい(苦笑)

 

相対主義は行きすぎるとただの無関心になるので、絶対主義と相対主義をいいバランスで使えるというのが、世界や他人に貢献する入り口なのかもしれません

ちなみに僕はゴリゴリの絶対主義者に見えるそうですが、話してみるとダメな方の相対主義者です。

 

なので話は聞きますが、

「そうですかあなたはそう思うのですね。しかし私はそう思いません、見解の違いですね。
参考になりました。ではこの話はこれで終わりにしましょう。お互い何かを学びましたね、さようなら」

と言うので聞いてないのと同じです(笑)

 

書いてみると最悪ですねー、やっぱ人としてギリアウトなのでしょうか?

悲しい

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